このコーナー「やきものの常識は疑いやきものを信じよ!」は、近代以降、雰囲気や夢想あるいは「トンネルに幽霊がいる」といった類いの、どちらかといえば善良な部類のアミニズム、または単なる迂闊にて語られ続け今や常識と化した、やきものにまつわる如何にも尤もらしい話をいろいろと疑ってみた結果、「それでもやきものは美しい!!」と宗教裁判をも恐れず言い切った先人に敬意を表したものです。
したがって、いかなる反論があろうとも私は知りません。姉妹コーナー(なぜこの手の話は例えば都市提携などでも、兄弟ではなく姉妹なのでしょう)である「やきものの常識は疑え!」(いつも命令調ですみません)では、雲霞のごとく押し寄せる反論を期待していたのですが、現在まで好評はいただいても反論は全くいただけず、とても寂しかったので今回は知りません。
また、本稿は乳幼児への読み聞かせにはさほどの実害はないと思われますが、その結果どのような大人になったとしても当方ではなく「やきものの精」のせいです。その場合、絵本のように添付の画像を見せて下さい。その小さい方が画像に興味を持たれるようでしたら、お連れ下されば実際に現物に触れていただきたいと思います。
尚、この欄に登場するやきものはすべて、売り物ではありません。
また最後に、本稿は単にいろいろなやきものをご覧いただく目的によるものであり、これといって他意はまったくありません。閲覧の結果、著しい嫌悪感を覚えられたとしても「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」式にやきものまで嫌いにならないでいただけることを、やきもの共々心より祈っております。

7. 常滑鳶口小壺

 

 

7. 常滑鳶口小壺  15世紀 高さ9.7cm胴径10.8cm

 

 

前回に引き続き常滑です。同じく南北朝時代のものですが、こちらは鳶口小壺です。もちろん私には酒注ぎ以外の何ものにも見えませんが、出自はおそらく別のものでしょう。

 

いわゆる口縁に片口状の注ぎ口をもつ小壺で、一般的には「片口小壺」と呼んでおけば無難でしょうが、ひと昔前のやきもの好きは産地によって、たとえばそれが備前ならば「すずめ口」、常滑や瀬戸であれば「鳶口」などと呼び分けていました。理由は、それぞれの地元でそう呼ばれていたから、ということ以外に特には無いようです。「すずめ」のほうが「鳶」より嘴が長く大きかったりします。

 

このサイズの片口小壺は中世から近世にかけての各地古窯に存在はしますが、なぜか越前以外のものには陶片も含め現存数がとても少ないのです。常滑も例にもれず、なかなか「売り物」にはお目にかかれません。ものはとても可愛いのですが、値段は全然かわいくありません。

ですが、先人の「買ってしまえば値段など何の関係もない」との金言は、人類がこれまで残した言葉のなかでもとりわけ絶対的真実であることに、まったく疑問の余地はありません。

「買う」という行為は、「自ら死ぬ」ということとある種同列の行為です。

間違っても、買った後に化けて出るような行為は、「人類の恥」ですので是非やめましょう。