【閲覧上のご注意!】※閲覧前に必ずお読みください。
このコーナー「やきものの常識は疑え!」は、やきものギャラリーおよび美術館の企画、または関連書籍や陶芸作家の言動や作品、あるいは、現代社会において楽しく充実した生活を送るすべを心得ておられ、現在この国は民主主義であると何の疑念も抱かずに受容されている方にとって、必要なことは何一つ書かれていません。閲覧により不快感、吐き気、嘔吐、食欲不振、めまい、ご家族への八つ当たり等の症状があらわれた場合、ただちに閲覧を中止し、当方ではなく医師・薬剤師・唎き酒師・祈禱師などにご相談下さい。乳幼児、小児にこれを読んで聞かせる場合はご家庭の教育方針への抵触にご注意下さい。また、本稿を閲覧しながらの自動車及び機械類の運転操作はしない下さい。

63. 擂座ですよ

 

「擂座(るいざ)」というのは、やきものに関われば頻繁に接する言葉です。

 

茶入や花入、向附などの頸や胴部に装飾として付けられた、鋲状の「丸ボッチン」のことです。

意味を調べても広辞苑などには載っていません。

 

やきもの辞典やネット検索などで調べても「器の周囲に付けられた丸い鋲状の装飾で、擂座茶入の頸部にみられることから総じてこの装飾のことを擂座と呼ばれている」と、だいたいこのような説明となっていて、なぜそれが「擂座」と呼ばれなければならない理由については一切何も書かれていないのが常です。

「中国の茶書に、茶を摺るための摺粉木(すりこき)の頭部に鋲状のものが付いていたのでそこから来たのであろう」「擂座は擂茶と茶書に書かれている」という説明などが散見できるものの、「なるほど!」と納得できるにはほど遠いもので、説明にはなっていません。その昔、‟茶入の研究者“として知られた人に直接尋ねてみた際にもこれらと同様の回答で、それ以上の意味は不明と言われました。

 

それでは、擂座という言葉はどこからきたのでしょうか。

広辞苑は仕方がないとしても、陶磁辞典にもまともな記載がないのはいけませんので、ではこれについて考えてみましょう。

 

ではまずはその語源となる「擂座茶入」です。オリジナルは中国宋代、その後鎌倉後期に瀬戸でも写されています。

ご存じない方はまずは写真をご覧下さい。

 

口辺部下頸部に横一列に並んでいるのが、現在「擂座」と呼ばれている鋲状の突起です。

 

これが転じて他器種の同様の装飾も「擂座」と呼ばれていることは先に述べた通りです。これはずらりと並んでいますが、一個や三個でも、並んではいなくてもそう呼ばれます。

 

この鋲状の突起がなぜ『擂座』なのか?ということですが、この鋲状の突起が「擂座」なのではありません。

謎かけのようですみません。

 

では、なぜこれが「擂座」なのだ?ということですね。実はその理由と語源はこの写真だけでも充分判読できるものです。

以下は、その説明です。

 

まずは「擂」という文字に注目して下さい。

通常一般的には「ものをすりつぶす」行為には通常「摺る」という文字を使いますが、ものを摺りつぶす器を「擂鉢」と表記します。なぜでしょうか?

 

中世初期のいくつかの産地を除き、擂鉢には通常、内部に櫛目が施されており、時代が下るにつれて櫛目が多く細かくなる傾向があります。

擂鉢に入れた食材などを摺り粉木(すりこき)で摺る際に「ゴ~」と大きな音が鳴りますが、それが雷のようなので、そこに「手」が付くと「擂」となるわけです。

それで、摺鉢ではなく擂鉢なのですね。実は擂鉢は古くは「擂盆(らいぼん)」と呼ばれていたのです(「盆」は本来、陶製の盤状のもののことを指しました。現在一般的に使われている木製のものは、「盤」と呼ばれていました)。

やきもので他に‟音由来“のものには「とっくり」「ぐいのみ」「どんぶり」などがあります。

 

話が逸れてしまいましたが、もう一度ここで先ほどの「擂座茶入」の写真をご覧になってみて下さい。

下半身(座)の全面に擂鉢の摺り目のような彫文があります。つまり「座が擂鉢」なので「擂座」なのです。

そして、頸部の「鋲」は擂座茶入の目立った特徴であったことから、いつの間にかこちらの「鋲」のほうが擂座と認識される本末転倒により、現在例えば座の部分に擦り目の無い花入なども「擂座花入」などと呼ばれているわけです。

 

次に、それではこの擂鉢の摺り目のような彫文と鋲の装飾は何であったのか?ということになりますね。

この擂座茶入は「擂座柳斗文茶入」と紹介されているものを見かけます。「柳斗」は中国製の柳で編んだ籠のことです。そこだけみればその可能性も窺えるものですが、その上の「擂座」との関連性が見い出せません。では、この線刻文様は何を表しているものでしょうか。

ここからは私見ですが、これは線刻文が仏頭(仏像頭部)の髪、擂座は螺髪(らほつ)をそれぞれ引用表現したものとみるのが適切かと思っています。前者が如来、後者が菩薩以下の頭髪を表したものです。

仏教美術に接していない限り、仏像をその頭上から眺めるという機会は少ないと思いますが、観音像の天頂部を「上から」見れば実際擂鉢や碾臼の摺目を連想させるものが多く、如来像の頭は全面「“擂座” がびっしり」です。螺髪は「如来以上」に許された法だからです(因みに、「螺髪」と「パンチパーマ」との違いは、パンチパーマが垂直方向への螺旋形状に対し、螺髪は水平方向に上昇してゆく形状であるところです)。

同様の突起の装飾表現として梵鐘の上部に並列する鋲状突起を「乳(ち)」と呼びますが、これには螺髪がそのまま表現されているものもあります。仏教法具には他にも仏像と共通する装飾表現が使われることが多いものです。この「茶入」が法具であったかその影響を受けた可能性が考えられます。

この時代のやきものには、中国、朝鮮、日本ともに、文様、造形とも仏教美術からの引用表現が多いものです。

「やきもの座標」というものを使って全体を俯瞰することで、現代を含め様々な時代のやきもののの特徴を比較し、「出来の良し悪し」なども「好き嫌い」を越えてすべて同じ土俵で検証することができます。

やきもの座標を成立させる際、中でもとりわけ重要なのがやきものの源流である中世以前のやきものです。そして中世以前のやきものにより深く親しむには、仏教美術に興味を持つことが良い方法なので特におすすめです。やきものがさらに楽しくなりますよ。