2. 粉引と黄瀬戸   池西剛

 

粉引と黄瀬戸は、その曲解のされ方において対称的なやきものです。

 

「白化粧に透明釉(ではない!)」のやきものは、通常「粉引」と呼ばれ巷に多く出回っています。たが「粉引」を李朝初期に現在の全羅南道高興郡雲垈里(うんでり)近辺で焼かれた粉粧瓷のことを指すとすれば、これほどまでその後焼かれたものが似ても似つかぬものばかり、というやきものも珍しいでしょう。また、そのことが指摘されることもあまりなく、「何でも粉引」でまかり通っています。本物を見る機会は少なくはないと思うのですが、なぜそうなるのでしょうか。

 

次に黄瀬戸ですが、粉引が「ナメられている」のに対し、黄瀬戸は過大に難しく言われる傾向にあります。こちらの理由は割にはっきりしていて「さぬきうどん」と同じく、「仕掛人」がいたものと思われます。

実作の感想を述べると、黄瀬戸は釉材が合えば、あとは焚きや土などを含め比較的単純で、安定性も悪くありません。灰も巷に仰々しく言われているようなものではありません。難易度でいえば、黒釉(これも通常ナメられていますが)などの方がはるかに難儀なものです。

 

さて、話を戻すと、粉引と黄瀬戸の共通点は、そのどちらもが「素材の成果」で、とりわけ釉による成否の比重が大きいということです。こんなことを言うと「おまえこそ黄瀬戸や粉引をナメているのだろうが!」と思われることでしょうが、いずれにせよ、制作者のいうことなどあまりアテにはなりません。大半は「あとづけ」のようです。そんなものに耳を傾けるのはやめて、是非「そのもの」を観て下さい