堀 一郎 Hori Ichiro
略歴
1952年
岐阜県瑞浪市に生まれる。
1971年
多治見工業高校デザイン科卒業。
加藤孝造先生に師事。
1984年
瑞浪市大湫に工房を開き、
穴窯を築く。
専ら志野、黄瀬戸、瀬戸黒、
自然釉を焼く。
以後、団体・公募展を離れ
個展のみで発表する。
1997年
工房を瑞浪市大草に移し窯を築く。

このたびギャラリーラボ「やきもの通信」では、堀一郎さんの作品をご紹介いたします。 黄瀬戸が中心です。

 

先日、久し振りに堀さんの工房を訪れたのですが、堀さんの黄瀬戸ではこんなのが欲しいと思っていたものが、工房の桟板に一列並んでいたのでこれを入手することができました。
今日ご紹介するのが、その作品です。

 

堀一郎さんは荒川豊蔵の「孫弟子筋」にあたり、堀さんの黄瀬戸の肌合いは、その「荒川豊蔵直系」のもので、独自の味といってよい質感をもつやきものに仕上がっています。
堀さんは「桃山の黄瀬戸好きから見れば、これは黄瀬戸じゃないと言うと思うんだよね」などとおっしゃりますが、少なくとも桃山の黄瀬戸好きの私からしますと、「堀さんの黄瀬戸」はおおいに有りどころかとても好きで、黄瀬戸の魅力あるヴァリエーションとして個人的に幾つも所持しています。
いわゆる桃山のオリジナル黄瀬戸は、充分な展開期に入る前に志野へとその生産を切り換えたことにより(当時の市場の需要による)その絶対数やヴァリエーションが少ないやきものなのですが、もし彼らが更なる展開を続けていればどのようなものが出現しただろう、と想像し、その仮説を実践して提示するのも現在やきものに関わる私達の役割りであり責務です。

 

「桃山とはこうでなくてはならない」と言う程度のことであれば実に簡単ですが、いつまでもそう不毛にしてアホなことを言っていても始まりません。
いずれにせよ結局は、やきものに限ったことではありませんが、良いものかそうでないものか、ということです。(良いものと悪いもの、ではありません。)
過去に存在したスタイルやフォーマットを再び顕わすということは、解釈であり翻訳でもあります。私は堀さんの「行為の成果」を是非皆様にご紹介したいとかねてより思っていたのですが、まずはこの形での発表が実現しました。

 

長年個人的に堀さんの作品を見続けてまいりましたが、今回はお勧めのものが揃っています。

 

本当です。

2017年1月28日