ーごあいさつー
ギャラリーラボ初登場となる、京都在住の通次 廣(つうじ ひろし)さんの三種の御本茶碗をご紹介します。
高麗茶碗には「御本手」と呼ばれる一群があります。
これらは江戸初期の日本より、朝鮮半島南東部(現在の慶尚南道)の幾つかの窯に切り型見本を使うなどして、茶の湯道具として発注され請来した茶碗のことです。
これに該当する茶碗には、御所丸、伊羅保各種、呉器各種、柿の蔕、斗々屋、蕎麦、半使、金海、御本三島、立鶴、狂言袴などいろいろと種類があります。
さて、近年になって高麗茶碗を手掛ける作陶家は、老若男女問わず日本のみならず本家であった韓国においても急増しています。因みに、この国での高麗茶碗写しは江戸後期に始まり、少し間を置いて昭和より再興したものです)。高麗御本茶碗は江戸後期の京都にて、仁阿弥道八、青木木米、永楽和全などによる出来の良い写しが見られますが、現在は先述のように手掛ける作者は激増したものの、残念ながら「これ!」というものを目にする機会はありませんでした。それが、現代の茶の湯や陶芸界とそれを取り巻く環境の凋落のせいなのかどうかについては存じません。
先日、ふとした機会に呉器茶碗に目が留まり、よく見ればそれはどうやら現代製であり、その作者の他の作品、たとえば御所丸、柿の蔕、伊羅保、御本三島、金海堅手などを見るにあたり、いずれも巷でよく見る軽薄な“表面取り”ではなく、確かな観察力とそれを実現させるための技術、そして意志を感じさせるものでした。つまり、同じ高麗茶碗の写しでも、「茶碗フィギュア」ではなく「やきものとしての茶碗」となっているわけです。この「あたりまえ」のことに、現代では実際なかなか出会えないのです
そこで私どもは、間を置かずこの未知の作者に作品の購入仕入れの依頼をいたしました。
これまでは通常、先ずは私的に購入し、一定期間いろいろ使用してみた後に作品依頼を検討する、ということが基本でしたのでこれは異例のことでした。
幸いにして快諾を得られ、このたび当廊初登場となるその作者が、こちらでご紹介する通次 廣さんです。
通次さんは京都で代々続く陶家に生まれ育ちましたが、高麗御本を手掛けることになったのは、あるとき古美術商で釘彫伊羅保に出会ったことによるそうです。業績を残した先代の重圧から逃れるために異種を手掛けるという脆弱な動機、あるいは惰性で稼業を引き継ぐという「よくあるパターン」ではなく、単に感動を源にするという当然にして極めて正しい選択は、いかなる分野においても資質の基礎となるものです。
通次 廣さんは酒器も時折作りますが、ここはやはりまず茶碗でしょう!ということで茶碗のご紹介です。
これまで酒器のみにご興味をお持ちであった方々にも、是非手にしていただけることを切望いたしております。
通次さんの酒器は、近い将来「やきもの通信」でご紹介の予定はございますが、こちらは特に「まずは茶碗ありき」のやきものですので、是非ともどうぞご高覧の程御願い申し上げます。
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御所丸という茶碗は、織部の沓形茶碗の金海堅手版のような実に不思議な魅了を持つ茶碗です。
どちらが先であったか判明していません(個人的には御所丸が先だと考えています)。
「古田高麗」などで知られる白一色の手と「夕陽」など俗に‟黒刷毛”と呼ばれる白黒二色の手とがありますが、それぞれの造形パターンには共通点もあるものの基本的に異なります。
通次さんのこの御所丸は前者ですが、その大きな特徴である楕円の沓形、巻きの玉縁、胴締めの糸目、腰部の「亀甲箆」、多角形の高台と内部の線彫り、見込の轆轤目などを、これも均衡や品位を損なうことなく再現しています。見込みや腰部に現れた「御本」と呼ばれる赤斑もたいへん良い景色となっています。
御所丸の均衡は一歩間違えば崩れやすいものですが、この作品のように御所丸本来の特質を存分に顕わしつつ品格を保った現代の御所丸茶碗を見ることは稀です。
「なかなか気に入る御所丸茶碗が見つからなかった」という方は迷うことなく是非こちらをお選び下さい。「絶対お勧め」の逸品です。