個展の折り、画廊は作家に「在廊日はいつにするのか」と当然のように尋ねます。
これがなぜ当然なのでしょうか。
作者は作るのが仕事、画廊は店で売るのが仕事、なぜ作者が画廊へ出張し販売促進を行わなければならないのでしょう。
「日当」が出るならば、それは「アルバイト」といいますが、そんなものが出る話は聞いたことがありません。それどころか普通、交通費・宿泊費も出ません。これは如何なることでしょうか。
画廊主が作者の仕事場で薪割り、土運びなどを担当しているのであれば、これは「相殺」ということになりますが、これもやはり、あまり耳にしません。「資本主義社会」はどうなっているのでしょう。
まあ、作者は古来より役者などと同じく「河原もの」という立場ですので、タダでこき使われるのも「伝統の継承」なのかも知れませんが、時折り作者本人が商談を成立させても「当然」歩合は出ません。
画廊の皆様、作者に在廊を要求するのであれば、せめて宿泊費くらいは出すのが「当然」です。そうでなければ作者を画廊の仕事場に入れてはいけません。
画廊は作者に「作家のキャラクター」でネジ込まれても、その商売魂が沈黙を守っているようではまず駄目です。
そういえば、ところで「先生」の正体とは何者でしたでしょうか。