このコーナー「やきものの常識は疑いやきものを信じよ!」は、近代以降、雰囲気や夢想あるいは「トンネルに幽霊がいる」といった類いの、どちらかといえば善良な部類のアミニズム、または単なる迂闊にて語られ続け今や常識と化した、やきものにまつわる如何にも尤もらしい話をいろいろと疑ってみた結果、「それでもやきものは美しい!!」と宗教裁判をも恐れず言い切った先人に敬意を表したものです。
したがって、いかなる反論があろうとも私は知りません。姉妹コーナー(なぜこの手の話は例えば都市提携などでも、兄弟ではなく姉妹なのでしょう)である「やきものの常識は疑え!」(いつも命令調ですみません)では、雲霞のごとく押し寄せる反論を期待していたのですが、現在まで好評はいただいても反論は全くいただけず、とても寂しかったので今回は知りません。
また、本稿は乳幼児への読み聞かせにはさほどの実害はないと思われますが、その結果どのような大人になったとしても当方ではなく「やきものの精」のせいです。その場合、絵本のように添付の画像を見せて下さい。その小さい方が画像に興味を持たれるようでしたら、お連れ下されば実際に現物に触れていただきたいと思います。
尚、この欄に登場するやきものはすべて、売り物ではありません。
また最後に、本稿は単にいろいろなやきものをご覧いただく目的によるものであり、これといって他意はまったくありません。閲覧の結果、著しい嫌悪感を覚えられたとしても「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」式にやきものまで嫌いにならないでいただけることを、やきもの共々心より祈っております。

8. 備前雀口小壺

 

 

8. 備前雀口小壺  14世紀  高さ7.7cm胴径7.9cm

 

 

前回は鳶口、今回は雀口です。

どちらも同じ片口小壺ですが、備前地方ではなぜか「すずめ」なのです。

雀口という呼びかたは備前特有のもので、他の産地では、鳶口、お歯黒壺、あるいは単に片口小壺と呼びます。

備前には徳利などにも独特の呼称がいろいろありますが、この雀口はなぜ「すずめ」なのかと、備前地方の人達に尋ねてまわったことがありましたが、「すずめみたいじゃろ」、か「さあしらん」かのどちらかでした。そう古くからの呼び名ではないようです。

たしかに「すずめ」なら「しじゅうから」や「ぶんちょう」よりは身近にたくさんいて、かといって「からす」や「とんび」やというには可愛らしすぎたのでしょうか。

備前でも、20センチ前後の大きさの片口壺であればもはや「すずめ」と呼んではもらえません。「舌切りすずめ」の話が「舌切りニワトリ」でないのと同じことなのかもしれません。

 

このすずめは、ねずみいろです。

備前のやきものは現在では「赤茶色のやきもの」として知られていますが、その初期である鎌倉時代、熊山の山頂あたりで焼かれていた頃の初期の備前陶はおおむねグレーの肌合いのものです。山を下りるにしたがって赤味が増してゆきます。「もみじ」とは逆ですね。

因みに備前陶のルーツは、例にもれず学術的に特定されていませんが(この分野に「学術」が存在するか否かは別として)珠洲、東播系諸窯との関係をもっと調べればよいのにと思っています。

現存する雀口は「赤あがり」で肩がなだらかに丸味をおび、張りの重心が中心より下にあるものがほとんどなのですが、このすずめは灰色に一部赤味が挿し、肩が須恵器のように張った厳しい姿をしています。初期のものと思われます。ちょうど「ほっぺた」の部分が赤くなっており、ほんとうにすずめのようです。いや本物のすずめは、ほっぺたが赤かったりはしません。

このように、厳しいけれども可愛いやきものはよいものです。酒が旨くなります。

ですが本当にすずめくらいの小ささなので、酒は七勺しか入りません。したがって何度も注ぎ足しているうちに前後不覚になってくるので、このように小さな可愛いものを酒器に見立てる際にはとくに注意が必要なのです。