【閲覧上のご注意!】※閲覧前に必ずお読みください。
このコーナー「やきものの常識は疑え!」は、やきものギャラリーおよび美術館の企画、または関連書籍や陶芸作家の言動や作品、あるいは、現代社会において楽しく充実した生活を送るすべを心得ておられ、現在この国は民主主義であると何の疑念も抱かずに受容されている方にとって、必要なことは何一つ書かれていません。閲覧により不快感、吐き気、嘔吐、食欲不振、めまい、ご家族への八つ当たり等の症状があらわれた場合、ただちに閲覧を中止し、当方ではなく医師・薬剤師・唎き酒師・祈禱師などにご相談下さい。乳幼児、小児にこれを読んで聞かせる場合はご家庭の教育方針への抵触にご注意下さい。また、本稿を閲覧しながらの自動車及び機械類の運転操作はしない下さい。

68. 忖度の話

 

 

忖度という言葉は、辞書などでは「他人の心中を推し測ること」となっているせいか、特に近年の政治報道などで誤用されているのをよく見かけますが、忖度は「他者の気持ちを実際に即して読む」というより、「事実を省みず、ろくに検証もせず勝手に感じた印象で決めつける」、つまり“邪推”という意味のほうに近いわけです。

 

実はこの“忖度”という行為は、近代以降やきものの世界でまさに大活躍の場を得ているようです。

 

一例を紹介します。

「美など意識せぬ工人が、毎日々無心かつ大量に轆轤を回し続けた無作為であるがゆえの美」

・・・・・見事!といえる域に達した忖度の塊で、忖度に含まれる邪推の一面をたいへんよく顕した典型例といえます。
「アンタのは美意識のカケラも構想も無く、脳ミソも完全スルーして日々惰性で作りまくるだけあって実に良いねえ」と言い放っているわけです。
構想を練り意図や計算を積み重ねた結果、第三者が見てサラリと無心に出来たように見えるものは上位の高等技術で正に“有心の成果”といえるものですが、ハナから「そんなはずはない」と決めつけているわけです。
これは余計なお世話どころではなく、無礼侮辱にして悪質な大忖度といえますが、こういうものを喜んで真に受けてしまう人々は今でも存在します。
どの分野であれ、何となく適当に毎日同じことを繰り返していても良い結果は得られません。

 

他にも「薪窯で焼くほうが、ガスや電気窯よりたいへんだろう」といったよくある類なども、上記の例より数段穏やかではありますが、やはり事実や根拠を省みない忖度の一種だと思います。

 

やきもの界隈はこういった忖度の宝庫で、それらが発展の妨げの一因となっているのはいうまでもありません。

見る側作る側ともに、やきものに想像を働かせる場合に必要なのは、忖度ではなく仮説です。